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2008年10月

2008年10月30日 (木)

つよぽん@禁煙ちう(禁煙プロジェクト その1)

告白します。実は...
 
私つよぽん、医者のくせにヘビースモーカーです。
1日20〜30本のタバコ消費量...(-。-;)y-゜゜゜
 
4年ほど前に一度、3ヶ月間の禁煙をしたことがありました。
別に禁煙しよう、と気合い入れて始めたわけでなく、
週末のバイト、24時間の日当直でむちゃくちゃ忙しくて
タバコを吸う時間もタバコを思い出す余裕もなかったある日。
 
当直明けて、ふと気がついた…
「あれ?オレ24時間タバコ吸わなかったんだ…。」
禁煙の意志はなかったけど、その24時間をきっかけに
「だったら、もう1日だけ吸わないでいてみようかな。」
そしてもう1日、なんとなく凌げてしまった。んでまた翌日
「2日ガマンできた(意外w)。じゃ、もう1日だけ…。」
途中、何度も禁断症状が襲いましたが
「1週間ガマンできたんだから、もう1日だけガマンしてみよ。」
「1ヶ月ガマンできたんだから、もう1日だけガマンしてみよ。」

その繰り返しが3ヶ月続きました。
 
タバコを吸いたい、という気持ちがやっとなくなって
「止めようと思ったワケじゃないのに禁煙できちゃった。
 オレ様って意志かたい!!オレってえるぁい!(・∀・)v」
と安心したある日。
 
ライブを前にしてバンドのスタジオ練習。
小1時間ほどスタジオで練習した後、イントロどうする?
とか、終わり方は?とか、あの音が、とか打ち合わせ。
このバンド、当時は全員が喫煙者。
「あれ、つよぽん、タバコやめたの?」
「うん、3ヶ月吸ってないよ。偉いでしょ。
 もうニコチン抜けたから大丈夫(大いばりw)。」
「ふーん...ほれ1本どぞw」

 
タバコへの依存から抜け出したと油断していました(汗)
この日の1本で防波堤みごとに決壊です。
翌日も1本だけ吸いました。まだ大丈夫と思った。
その翌日は2本。それでもまだ喫煙者に戻った自覚はなし。
でも、この1日1〜2本のタバコが妙に旨いワケです。
数週間後には1日1箱のスモーカーに逆戻りしてました…orz
 
 
で、4年振りに...
10月28日(火)の朝から禁煙を始めました。nosmoking
 
 
一度失敗してるし続ける自信はない!と自信持って言えます(笑)
(意志よわよわな私σ(-_-;))
ブログに書こうかどうしようか迷ったんですが
公言して回るのが成功の秘訣かと思ってカミングアウト。
 
病院だと建物内では吸えない。帰宅後がヤバイ。
禁煙開始の火曜日の夜、クルマと部屋のタバコ狩り施行。
目に見えるところにあるタバコを探したら
カートンの買い置きや、買ったまま忘れてたのや、
あれやこれや、タバコが50箱くらい出てきた…(笑)
ぜんぶ病院に持っていって ロッカーに入れて封印しました。
(捨てたんじゃないところが大弱w)
 
昨日、10月29日(水)...
部屋に帰ったら、ぜーんぶ病院に持っていったと思ったのに
イスの後ろから十数本入ったタバコがひと箱出てきました。
火を点けそうになったけど、全部タバコを折ってゴミ箱へ。
危なかった…。
 
ちぎって捨てて安心と思ったのもつかの間、
そのあとゴミ箱が気になって覗き込んで…
折って捨てたタバコ、拾ってくわえ…おおっと危ない!
更にちぎってまた捨てました。
何してんだ、オレは〜(汗)
 
今日で3日目....
まだ吸ってません。
なんか、睡眠と覚醒のリズムにも変化があります。
体調がいつもと違う。
シビアな禁断症状っぽいのはあんまりないけど
習慣からか、仕事の区切りや頭の切り替えのときに
手が勝手にタバコとライターを探しています。
目の前にあったら絶対に火を点けるな、こりゃ。
 
今日、明日も目の前にタバコがあったら危険です。
もっとヤバイのは今週末…。
日曜と月曜、連チャンでライブ(+打ち上げ)なのです。
アルコール入ると、ヤバイよね〜(-_-;)
知る限り、飲み会で「禁煙脱落」の落ち武者は数知れずw
 
 
書くか迷ったこのネタ、もう書いちゃったし、
またブログで禁煙の経過報告するつもりです。
この話題さけてたら禁煙失敗の証拠かもしれませんw
 
あんまり応援しないでください。
失敗したときのダメージが大きいのでcoldsweats01

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2008年10月22日 (水)

中原医師過労死裁判、今日判決です

つよぽん@当直明けです。
 
今日は…
大野病院事件とは別の意味で、
私が注目している裁判の判決がおりる日です。
医師の過労自死に対する病院の責任を問う裁判です。
 
9年前の夏。
ある小児科医が病院の屋上から投身自殺しました。
中原利郎。享年44歳。
 
彼は...
病院の小児科医師の減少から当直回数が増えて疲労が蓄積、
辞任した部長の代行を務めるようになって経営責任の重圧がかかり、
量的・質的に過酷な業務からうつ病を発症し、
1999年8月16日、佼成病院の屋上から身を投げました。
 
中原医師の量的/質的過重労働、病院側の管理責任、
法的にどうなのか、私にはよくわかりません。
 
でも、医師の過重労働が大きく取り上げられるようになった今、
我々のような勤務医の今後、医療を取り巻く社会状況の今後に、
大きく、深く影響を与える判決になることは間違いありません。
 
単に時間的、体力的(=量的)過重労働だけでなく
質的過労にも焦点が当たっているところが、
私つよぽん的には大事なポイントだと思っています。

判決は東京高裁820号法廷で10月22日(水)13時10分より、です。
 
  
  
提訴した中原医師の妻、中原のり子氏を私は応援しています。
大野病院事件と同様、現地入りしたかったんですが
今回はお江戸入りできる状況ではありませんでした。
残念。遠くから朗報を待ちます。
 
昨日から今日にかけて、
まさに長時間連続勤務真っ最中の私つよぽん。
 
昨日は…
鼻歌まじりってわけにいかない予定手術2件を前にして
屈筋腱も神経も血管も切れている手の外傷が来て緊急手術して、
予定手術は押して後ろ倒しに午後8時頃終わってそれから病棟へ。
午後5時に突入予定だった自分の当直は
手術が終わるまで後輩Yセンセに代行してもらっていて
手術が終わると同時にバトンタッチ。
 
この記事は、予定では当直の合間にチマチマ書きながら
日が変わって判決の22日になると同時にあげようと企んだのに
手が空かず1時、2時、4時、5時、6時と急患、そしてCPA、
コマギレの空いた時間は眠っちゃいました。
それぞれ数10分ずつですけど。
 
今日は…
いつものように当直明けと同時に通常業務に入りました。
検討会と創処置外来が終わって、ただいまブログの仕上げちう。
(今書かないと判決前にアップできないcoldsweats01
これから午前は外来で、たぶん午後遅くまで。そのあとは
4時間はかかりそうな骨折の手術が後輩の執刀なので手伝い、
おそらく約36時間勤務くらいですね〜。
 
今晩、私が死んだら過労死認定してもらえるかな?(笑)
 
行けない、その場にいられないのを悔しがりつつ、
外来しながら当直明け寝不足の目をこすりつつ、
今日の私は、過重労働しながら過労死裁判の判決を待ちます。
 
今日の判決も、どっちに転んでも終わりじゃないよね。
これから考えること、これからすべきことてんこ盛りの
再スタートラインに立つことになるんじゃないかな…。
 
ね、海苔ピーさん!
 
 
 
関連サイト
 
小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会
過労自殺の小児科医裁判、あす控訴審判決  医療介護CBニュース
過酷な小児科医療の改善を要求-中原裁判  医療介護CBニュース
本日の医療ニュース ..。*♡ 10月22日 -産科医療のこれから-

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2008年10月20日 (月)

アキレス腱断裂

医療ネタ、音楽ネタ、ただの独り言が多い私のブログですが
前回のアキレス先生ネタの流れで書きたくなったので...
たまには、ちょっとマジメな医学ネタ、いかがでしょうか?
 
病気や怪我をググればいろんなサイトで情報は得られるので、
かしこまった教科書的なことを書いても変わり映えしなくて
ブログ記事としての存在意義がありませんよね。
私流の切り口で、なるべく素人さんにもわかりやすいように
ムズカシゲなことを抜いて疾患の解説をしてみようかな、と。
で今日のお題目は...

 
 
 
アキレス腱断裂
 
けっこう来ますよ、救急外来に。
たいていはバスケットやバレー、サッカー、野球、
スポーツの試合中や練習中の受傷です。
受傷した時のこと、患者さんがよく言うのは
「後ろから思いっきり足首を蹴られたと思った。」
「パーンと大きな音がしたような気がする。」
そんな感じです。
 
男女問わず30〜40才代の人が多いです。
で、それも年齢相応以上の体力を持つスポーツマンが多い。
10〜20才代や、50才代以上でアキレス腱を切る人は
あんまりいませんね〜。
 
おそらく10〜20才代は筋力も体力も瞬発力もあるけれど
筋肉や腱のしなやかさ、柔軟さも持っている。だから切れない。
50才代以上になると、身体の柔軟性はなくなっているけど
筋力、体力、瞬発力も同時に落ちているので
アキレス腱に過度の負担をかけるような状況がない。
柔軟性の衰えとともに、同じカーブで体力/筋力も
年齢相応に段階的に落ちていけば怪我はしないんでしょう。
 
30〜40才代のスポーツマン、アスリートは
身体を鍛えることによって20才代の体力/筋力を維持している。
でも柔軟性は年齢なりに落ちているものです。
しなやかさの落ちたアキレス腱に負荷をかけられる筋力の持ち主、
それがアキレス腱断裂で我々のお客さんになりやすい人々ですw
 
だからストレッチや柔軟体操、準備運動は大事なんです。が、
患者さんに聞くと、意外と皆さん切れる前に体操ちゃんとしてる。
そういう筋力維持、体力維持に気を使う人ほど
ちゃんと身体の若さ、筋力も瞬発力も維持できていて
だからこそアキレス腱を切りやすいんでしょうね。
 
ですから…
20才代でアキレス腱切ったあなた、
柔軟性は30〜40才代、身体カタイと思ったほうがいいかもw
50才代でアキレス腱切ったあなた、
ひと回り下の年代に負けない運動能力を自慢していいですよww
 
治療は、ギプスや装具だけで治す保存療法と
手術で腱縫合する観血的治療、半々くらいなのかなぁ。
うちの病院では手術をすることが多いですけど。
 
手術や装具やリハビリについて語ると、長くなりすぎるので
その辺は、またいずれ気が向いたら書きますね〜。
 
 
いかがでしたでしょうか? 
簡単な話すぎたかなぁ...(-_-;)
 
つよぽん医学講座、評判悪くなければシリーズにしますね。
あの病気、この怪我、リクエストあったらコメントよろ。
書けそうだったらブログネタに採用させていただきます。
(気が向いたら、時間があったら、ですがw)
  
ただし私つよぽん、
フットワークだけでなく、アタマも軽いヤブ医者なので
今回のも含めて、あんまり信用しないほうがいいかもです。
内容に責任は持てませんのでご了承くださいm(_ _)m

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2008年10月16日 (木)

医者の不養生

10月11日(土)にテニス大会があって
当院テニス部が総合優勝した、と聞きました。
(前回ブログ記事のコメント欄参照)
よくやった!Good Job!!
 
ということで書きたくなったのは医者の不養生の話です。
(な...なんの脈絡が?(笑))
 
 
私、去年たぶん300〜400件の手術を執刀したと思うんですが
その手術のうち2件、患者(オペ患)が医師でした。
 
一件は某開業医の肩鎖関節脱臼。
 
早朝、犬の散歩でコケて朝イチで当科受診しそのまま入院。
なんとかオペ室をやりくりして、午後から全身麻酔下に手術。
その日はさすがに彼の医院は休診にしてもらいましたが
翌朝、術後1病日で退院してその日から診療を再開していました。
術後の抗生剤予防投与の点滴は自分の医院で(笑)。
 
もう一件は外科系某科部長のアキレス腱断裂。
 
夜にインドアテニスでやっちゃって救急外来受診。
連絡が来て診察。…あちゃ、アキレス腱切れてる…(-_-;)
手術をすることに決め、その日はギプスを巻いて帰宅。
翌日は...手術だっつーにそのセンセ、ギプスしたまま外来してた。
昼から禁食にしてもらって夕方、彼の仕事が全部終わってから
腰椎麻酔で腱縫合の手術を私が執刀。そのまま一泊入院。
手術の翌日はソッコー退院。すぐ業務に復帰して診療を再開し
その午後からはギプスのまま手術を執刀してました。
その後1ヶ月くらい...松葉杖で院内を軽やかに歩いてました(笑)
 
 
今まで私、いろんな職業の人を手術しましたけど
全身麻酔の手術の翌日から通常業務をする患者、
腰椎麻酔の手術するのに全く仕事に穴をあけない患者、
医者以外では見たこと聞いたことありません。
 
自分が医師だから術後の自己管理ができるってのもあるし、
たまたま2人とも責任感が強くまじめだったからかもしれません…。
 
が、
 
もうひとつの理由は急には代役が立てられないことです。
例えば怪我をする前から組まれていたアキレス部長wの執刀予定手術。
気安く「私が怪我しちゃったから延期ね♪」と患者には言えない。
医師-患者の信頼関係の元に組まれた手術なら
「代わりに別の医者がやるからね♪」ともなかなか言いにくい。
開業医は自分の医院に来る患者がいます。
突然「今日から○日間休診です♪」と簡単にいかないし
勤務医よりも、もっと代役は立てにくい。
 
話が変わっちゃうけど、どうしても仕事を抜けられず
親の死に目に会えなかった医師の話なんかはいくらでもあります。
 
そう言えば私自身、
医師になって以来、仕事を病欠したのは2回だけです。
(学生時代は授業サボりまくってましたがw)
 
1回は研修医のときで、自分が執刀予定の手術があったし
40℃以上の熱があったけど、身体はそれなりに動くので出勤。
当時のボスに「手術はオレがやっておくからお前はすぐ帰れ!」
と真顔で叱られて、点滴してもらって帰宅しました。
もう1回はインフルエンザ。大学病院勤務のときで
人手があったので自分の代役を立てる調整をした上で休めました。
 
 
「医者の不養生」ということわざ。辞書をひくと
「人にはしろと説教しておいて、自分ではそれをやらないこと。」
と書いてあります。でも、医師不足が騒がれる今のご時世、
医師の過重労働が問題視される現代の「医者の不養生」...
ことわざ本来の「自分を棚に上げてどうこう」とかではなく、
たまたまその医師が責任感が強いとか真面目だからだけでもなく、
+αの構造的な問題や職業の特殊性の問題があるようです。
 
前回のブログ記事「神様のような“お医者さん"」のIセンセも
絵に描いたような「不養生医師(笑)」なんですよ。
 
 
 
で、文中のアキレス先生、実は…
もともと当院テニス部のエースだったのです。
今回のテニス大会で活躍したと聞いて執刀医はホッとしました。
 
も...もう切らないでくれよおぉ〜...(-_-;)

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2008年10月10日 (金)

神様のような“お医者さん"

いつもの某巨大SNS、医療系コミュニティに
「お医者さんが神様に見えた瞬間」というトピックが立ちました。
いろんなコメントがついてました。

「苦しいときに助けてもらった…」
「病気が治って最後の診察の時、優しい言葉をかけてくれた…」
「自分の出産の時、我が子を取り上げる産科医の笑顔が…」
「重い病状の家族に1週間病院に泊まり込んで診てくれて…」

献身的な医師と巡り会った患者の立場での書き込みが多かった。

医者の立場から見ても神様に見える医者…
そういうのもたまにいるんですよ。

うちの病院にも神様のような“お医者さん"が2人ほどいます。
1人は私です(ツッコミ禁止w)。
もう1人は…大学時代の同級生、消化器内科の“I医師”です。

凄い数の予約患者がいて外来はいつも夜7時過ぎまで…。
夜8時、9時まで予約患者を診ていることもあるそうです。
(私にゃムリポです(-_-;)、手術で8時、9時ならフツーですがw)

丁寧に話し、診察するもんだから時間はどんどん押していきます。
途中で入院患者の容態変化の連絡があると外来を放り出して
そっちに行っちゃう。で、なかなか戻ってこない。
1人1人の診察、そのときそのとき全力なもんだから
予約患者数に応じた時間配分とか考えてないみたいな…。

待合室をはさんで整形外来の向かいが内科外来です。
私が外来をしていると、かならず向こうの方から
内科外来の看護師の声、アナウンスが聞こえます。

午前10時頃…
「I医師の診察をお待ちの患者様にお知らせいたします。
 I医師の診察は、ただいま1時間遅れになっております。
 お待たせして大変申し訳ありません。」

私が外来を終えるお昼頃…
「I医師の診察をお待ちの患者様にお知らせいたします。
 I医師の診察は、ただいま2時間遅れになっております。
 お待たせして本当に申し訳ありません。」

最後のほうの患者は3時間待ちでもフツーみたいです。
それでも患者は全く文句も言わずそのI医師の診察を待ってる。
3時間なんて…待ちくたびれて具合が悪くなりそうですがw
そんな昔の大学病院みたいな待ち時間でも苦情が出ないのは
待たされている患者みんながI医師の頑張りを知っているから、
なぜ待ち時間が長いのか、その理由を知っているから。
彼の患者はほとんど「I教の信者」状態です。

入院患者も他の内科医の数倍の人数を受け持ってます。
遅くまで外来やって、そのあとに病棟回診するので
入院患者のところに行くのが消灯を過ぎてからだったりする。
やっぱり、病棟の患者からも看護師からも文句は出ません。

そんな時間まで仕事してる上に病棟業務が終わったあとは、
きっと文献読んだり書類仕事したりしてるんでしょう。
夜の11時12時になっても当たり前に病院にいます。
受け持ち患者が多い分、書類仕事も人より多いはずです。

整形と内科で診療科に接点はないようですが
ときどき彼と、併診している患者の話をすることがあります。
経過がいい患者の話をするとき、本当にうれしそうな顔をする。
亡くなった患者の話をするとき、本当に悲しそうな顔をする。

もし…私が消化器系の病気を患ったら彼に主治医を頼みたい。
私が胃癌や肝臓癌の末期だったら…命は彼にあずけたい。
そう思います。

午前1時、2時の医局。
ソファに身体を沈めて、口開けて眠ってる彼をよく見かけます。
ちょっとだけ疲れが浮かんでいる、その寝顔を見るたびに

「ネ申だな、コイツは。」

本当に本当に、しみじみとそう思うのです。
学生時代は私と同じただのアホだったんですけどね(笑)

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2008年10月 8日 (水)

生きております(^^;)

とりあえず生存の報告でブログ記事“age”ですw
 
3週間近くもブログを放置しておりました(汗)
今年の3月15日にブログを開設して…
これだけの期間放置してたのは初めてじゃないでしょうか?
 
完徹の「当直実況中継 その3」のあとだったので
つよぽんは当直で過労死したんジャマイカ?」とか
いや、過労死はありえん、過遊死に違いない!」とか
昼のワイドショー、夜のニュースで話題騒然だったらしいですね。
ご心配をおかけして申し訳ありません。生きてます(・∀・)v
 
多少のオーバーワークにはビクともしない私ですが
出張、通常業務、その他もろもろ限界超えそうに予定詰め込んで
いや、ここ2週間は目が回りそうでした〜(@▽@)
 
9月24日(水)
 通常業務のあと夜中の夜行列車で出発して九州、福岡へ。
9月25日(木)
 産業医大整形外科を表敬訪問→懇親会。大学近辺で飲みw
9月26日(金)
 博多で同医局の別メンバーで更に懇親会。博多で飲みw
9月27日(土)
 大阪へ。千里リハビリテーション病院訪問&見学。で食い倒れw
9月28日(日)
 関西の友人医師たちと会合(?)そしてまた夜行列車(^^;)
9月29日(月)
 早朝に病院に直帰して通常業務へ。夜に人工関節のデモ。
9月30日(火)
 当院整形チームで勉強会&食事会(ぶっちゃけ…飲みw)
10月1日(水)
 仕事のあと、スタジオで深夜までバンド練習。
10月2日(木)
 某ミッションで東京。2時間の仮眠とって翌朝の始発で病院直帰。
10月3日(金)
 仕事のあと、またスタジオで深夜までバンド練習。
10月4日(土)
 DMAT研修会に招かれ、クルマで山形、蔵王へ。
10月5日(日)
 研修会で講演、んでまたロングドライブで戻って病院へ。
10月6日(月)
 仕事のあとイベント会場へ。ミニライブでバンド演奏3曲。
 次回ライブイベントのためのミーティングしてAM2時解散w
 
そして今日10月7日(火)手術3件のあと溜まった書類を片付けて.....
約2週間ぶりに、やっと特別な予定のない夜です。
(実は日が変わってもう8日に突入してますが(^^;))
 
ここ2週間で九州、大阪、東京、山形…
ほんとに病院の勤務医なんでしょうか、私?
 
あちこち飛び回ってネタもいっぱい仕込んで来たんですが
記事の作成をしている余裕がありませんでした。
おいおい書けるネタを選んで小出しにしていきます。
ブログ更新ペースも、また元に戻しますです。
 
 
……
 
 

 
 
たぶん…( ̄▽ ̄;)

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