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2008年8月

2008年8月30日 (土)

8月20日、福島レポート

大野病院事件の判決が下った8月20日、
無罪判決でホッと胸をなで下ろしたのもつかの間、
医師と患者の対立構造を煽り、両者の溝をほじくり返すような記事が
判決の20日を境に、かえって目立つようになった気がしていました。
(そういう目で追っているからかもしれませんが。)
 
検察が控訴できるタイムリミットは判決後2週間です。
そして10日を経過した昨日8月29日、
「福島地検は控訴断念」というニュースが流れました。
確定した…やっと少し喜べる自分がいます。
 
27日から「控訴断念を検討中」という記事は出ていましたが、
それでもまだ私は素直に喜べない、座り心地の悪い気分でした。
「控訴を断念することになりそうだ」そういう記事をリークして
「断念するな、控訴しろ!」という世論を喚起しようとしているのかも。
踊らされないように用心深く考えなきゃ、用心深く発言しなきゃ…。
考えすぎと思いつつ、勘ぐって口が重たくなる自分がいました。
(いや、私が吠えたって何も変わらないわけですが(^^;))
 
 
ということで無罪確定となった今、
(なにが「ということで」なのかわからんけどw)
ブログを10日間放置していた私の超個人的福島レポートです。
 
 
8月20日、
水曜日の平日ですが私は外来を休診にして福島に行きました。
判決公判開始は10時ですが私が福島に到着するのは11時頃。
シンポジウムは午後2時からなのでそれに間に合えばいい。
と思いつつ、開廷の10時前後は運転しながらそわそわしてました。
 
速報が出るのは何時頃だろう…。
無罪だったら?有罪だったら?
判決のあと、何か自分の心に変化があるだろうか?
 
そんなことを漠然と考えながらの高速道路上
クルマを福島に向けて走らせる私に
10:04 携帯メールが入りました。
東京から福島入りして裁判所の前にいる友人K医師からです。
サービスエリアに入って駐車し、メールを開く。
 
今判決出た。無罪!
 
うん…。ちょっと放心…。
そして「ありがとう!!」と返信。
何に“ありがとう”なのか自分でもよくわかりません。
判決に?メールをくれたK氏に?
それから約30分…車を止めたままなんとなく脱力状態w
運転席に身体を沈め、晴れ上がった空を眺めていました。
中古つよぽんカーはオープンですsun
 
10:45 同じKさんから再度メール。
「ホテルグリーンパレス701に集合」
ん?…どうやら、シンポジウム出席のために
全国から福島に集まった仲間が集合するらしい。
なら急がねば。私はまた車を走らせました。
 
到着。
ホテルの701号室は和室のある広い部屋でした。
すでに十数人の医師、ジャーナリストが集合していました。
仲間、顔見知り、知っている顔がたくさん。
それぞれに皆、明るい表情で賑やかに話しています。
付けたままのテレビに無罪判決の報道が流れました。
スッと静かになり誰かがテレビのボリュームを上げ、聞き入る。
その報道の一語一句にまた議論が始まり賑やかになる。
 
と、そこに…「駅前で配ってたよ。」
そう言って部屋に入ってきたある医師の手には号外が。
 
Photo
 
皆でのぞき込む。「福島民報」の号外でした。
見出しを、記事を見て誰かがツッコミを入れました。
「無罪判決なのに、まだ“過誤”って書いてる!」
 
さて、そろそろシンポジウム会場に行きましょうか。
会場は同じホテルの大きな会議室です。
準備を手伝う人、受付をする人、しゃべる人、
それぞれがそれぞれに移動し、動き始めました。
 
シンポジウムの内容は…私が下手に書くよりは…
下記で詳しくレポートされているので興味のある方はどぞ。
(て、手抜きって言うな〜w)
シンポジウム
『福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える』

 
想像していたより大規模な企画、大勢が集まったなーと。
特に、国会議員が何人も来ていたのは意外でした。
それぞれ座長の上先生がコメントを求め、発言しています。
 
記者会見を終え、遅れて会場入りしたのは
福島県立医大産婦人科教授・佐藤章氏。
その日一日の疲れが顔に出てはいるけれど安堵の表情で
「皆様方の多大なるご支援のおかげをもちまして…。」
深々と頭を下げる姿は、逮捕から2年半の重みを想像させる
本当に心のこもった姿でした。
 
シンポジウムですから後半は会場からの発言も含めた
ディスカッションです。そこでも集大成的に事件を振り返る、
そしてこれからの医療を考える貴重な発言が次々と…。
書ききれません。(←最近このフレーズが私の逃げ口上(汗))
 
シンポジウムは30分延長して終了。
うん、来てよかった。さてメシでも食ってから帰ろうか。
無罪の第一報をくれたKさんと二人、福島駅に向かいました。
駅前の横断歩道、赤信号で立ち止まっていると
横断歩道の向こう側にシンポジウム会場で見た顔が…
 
つよ「ありゃ、ほらほら、あれ鈴木寬じゃね?」
K氏「あ、ほんとだ。」
 
シンポジウムで発言もしていた民主党の鈴木寬さんでした。
信号が青になり鈴木寬議員と我々二人はすれ違う。
すずかんさんに「シンポジウムお疲れ様でした。」と会釈だけして…
と思いきやKさん、すれ違いざまに、すずかんを引き留め
「ちょーっといいっすかぁ?」
路上で羽交い締めしそうな勢いで参議院議員に議論ふっかけるw
恐るべし、Dr.K…ぃゃそゆ性格なのは十分知ってましたが(笑)
 
「教育から変えていかなきゃダメです。
 中学校で医療の現状や今後を考えさせるプログラムを。
 小学生には難しい、高校生にはストレートに伝わらない。
 中学でそういう教育するのがいい。必要なんですよ。」
 
すずかんを拉致してスイッチオン。持論を熱く展開するK氏w
また素晴らしいと思ったのは、このゲリラ的な急襲をかわさず
呼応して、がっぷり受けて立つすずかんさんでした。
 
「うんうん、先生のおっしゃるとおりです。
 私も医療に限らず教育は本当に大事と思っている。
 教育の再興、コミュニティスクール…構想を進めてますよ。」
 
私も加わり、しばらく路上ゲリラ討論は続きました。
ふむ、なかなか熱い人です、すずかんさん。
 
そして駅ビル内でメシ(うなぎ釜飯w)食って…
外に出れば少し涼しさを感じる晩夏の夕暮れ時。
 
いつもパワフル、ハイテンションではあるけれど
福島で更にスイッチオンして壊れた大型犬、K氏に見送られ
中古つよぽんカーの幌を全開にして、
気持ちのよい風と夕焼けに染まった赤い景色の中、
 
「無罪」
 
あらためて脳内で反芻しつつ帰路に着いたのだった。
 
 
ということでシンポジウムだけでなく、
その前後も得るものが多かった私の8月20日。
メインとなるはずのシンポジウム中抜きの(?)
超個人的福島レポートでしたm(_ _)m

 
 
−後記−
 
…無罪判決。そして控訴断念。
よかったです。
 
ひとつの区切りにはなりうると思います。
でも私の中でこの事件は終わってません。
などとわざわざ書くと「当たり前だ」と突っ込まれちゃいそうです。
おそらく他の多くの人たちにとっても終わりじゃない。
医師の立場で、遺族の立場で、報道の立場で、一般の人々の立場で、
そして無罪を望んだ人にも、有罪を望んだ人にも、
それぞれの「終わらせられない何か」があるはずです。
 
終われないってだけでもない。更に…
この8月20日の前後、無罪判決とその報道、膨大な情報、
ニュース、論説、ブログ、掲示板での意見、議論。
ネットで、テレビで、誌上/紙上で、新しく見えてきた壁もある。
 
 
まだこれからです。
振り返りつつ一歩また前へ…。

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2008年8月20日 (水)

X−day、8月20日という日

おはようございます。8月20日の朝です。
 
8月9日の夏期研修会の記事、
今日20日までに完成させようと思ってたんですが
気負っちゃったら筆が止まって前半書いて頓挫してます(汗)
すんませんsweat02
 
ちょっとそちらは置いといて…
 
今日は仕事を休んで、これから福島に行きます。
 
大野病院事件、判決公判は20日午前10時開廷だそうです。
一般的な、裁判で判決が下されるときの時間経過とかよく知らないんですが
すぐに判決文が読み上げられるとすれば、お昼には判明してるのかな?
 
 
私は今日、これに参加してきます↓
シンポジウム「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える
 
 
 
ボールペン作戦の記事の最後に書いたんですが…
 
 
>そして…X−day 
>判決の8月20日は何かが変わる日になるかもしれません。
>有罪判決が出ても、無罪の判決が出ても、きっと何かが動きます。
>日本の医療の向かう先が、今よりもう少し見えるかもしれません。
> 
>注目していてください、8月20日という日に…。
 
 
裁判を傍聴するわけじゃありませんが、
「8月20日」を自分の目で見てきます。
 
福島は日帰りですが、行ってみて、
言いたいこと、書きたいこと、伝えたいことが湧いてきたら
ブログにも「私の8月20日」を、なにか書くかもしれません。
 
…し、書けないかもしれません。

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2008年8月15日 (金)

8.9 夏期研修会 その3(メディアからの提言)

夏期研修会レポート その3…
うぅ、このペースで行くとレポートが終わらん…orz
とばします。
 
第1部、3人の演者の2人目はメディア側からの登場です。
真々田弘氏は、日本テレビNEWS ZEROのドキュメンタリー、
ACTIONで医療の特集番組を制作している方です。
 
おもむろに、ゆっくりと噛みしめるようにしゃべりはじめました。
今の時代、講演と言えばスライド、パワーポイント…。
講演の導入部、話のどこからスライドが登場するかと思ったら登場せずw
テレビ界の人間なのに、あえてvisualのデバイスは使わずに
どんどん“語り”だけで講演を進め、聴衆を惹きつけていく。
そんな講演でした。
 
真々田さんの話は、ブログで伝えるなら私というフィルターを
最小限にしたほうがよいと思う。なるべくそのまま伝えたい。
ブログ上の文字で伝えようとする私の「医師の視点」が
「メディアの視点」をゆがめちゃいけない。
 
…そう思うのであって、編集を手抜きする言い訳じゃないよーんw
 
ではどぞ↓  …長文スマソ
 
 
日本電波ニュース社報道部 真々田弘氏
 
実は私、医療問題をずっと追いかけてきた記者ではありません。1989年来、テレビの世界でロシア・ソビエトの取材をしてました。ゴルバチョフ、クレムリン…当時の支局の記者たちはそちらを向いていた。私はクレムリンではなく、人々の暮らしの視点で番組を作ってきました。核のボタンの前に座る将校たちと一晩ウォッカを飲み、工場労働者とジャガイモ畑を耕し、ゴルバチョフの執務室のお掃除おばちゃんの生活を取材し…。取材の出発点は現場だと思ってます。
 
そういうスタンスで、医療問題にはド素人、アウトサイダーだった私たちがこの1年間医療を追いかけました。その中でしようとしたこと、そしてその結果見えてきたこと…お伝えできればと思います。
 
なぜ医療をやることになったか?ニュースゼロのプロデューサーから…「医療が旬になってきているから取材してみてくれない?」これが去年の6月。それまでは医療の取材を提案しても蹴られてきた。同時に、医療現場が取材に対し敷居が高かったことも一因。スーパードクターの取材なら病院サイドも喜んで受けるけど、疲れている医師の取材、崩壊の現場は取材を許してもらいにくい。
 
さて、取材。どうしましょ。局にも我々にもアイデアがあるわけじゃない。ならば取りあえず気になった現場に飛び込んでみよう…と最初に行ったのが内科医6人が一斉退職した病院でした。事務長は尊大な医者に困っていたり、医者を守るために救急外来を制限しようとすれば議会や住民が敵に回る。医療費抑制についても調べた。行政改革を掲げた市長が院長室に怒鳴り込んで頭ごなしに叱ってる、それが患者にも聞こえる。患者は「院長先生かわいそう…。」と言う。そんな姿を見ていたら、そりゃ医者は逃げ出します。ああ、そんなこともあるのか、いろいろ見えてきた。実はこれ、まだ放送できてないんですよね(笑)。
(だったら書いちゃヤバイかな…by弱気なつよぽん(-_-;))
 
そうこうしているうちに局側が「一年間かけて“医療”をやるぞ。」突然決まった。テーマを定めて取材をすれば上等なのかもしれないけど、自由な発想でものを見れなくなる。自分たちで現場を見つけて入っていこう…。予算の問題もある、行き当たりばったりになるかもしれない。それでも、その姿勢は堅持しようと決めました。
 
ZEROでは著明な医師や学会のお偉いさんのインタビューをVTRで使ったことがないんです。あくまで現場。そういう目で見てきたら…よくぞこんな過酷な現場で頑張ってるな、と思うようになった。「徹底的に医療者の目線でとらえよう、作っていこう。」ありきたりな目で医療現場を見てきたスタッフの見方が、そう変化した。
 
普通は「視聴者目線で捉え、作る。」のがテレビ番組制作のセオリー。医療者目線でやると視聴者から反発が来るかな…と思ったらスタジオで言い訳をすればいいや…ということに。局側も最初は、医療者目線だけでは困るぞ、というスタンスでした。でも出来上がったVTRを見ると、現場の過酷さを誤魔化しちゃいかん、という気持ちになってくる。視聴者目線を入れようと言っていた局側が…放送が進むにつれて、それを言わなくなってきた。
 
たとえば3月に放送された救急の問題。「たらい回し」という表現を使うまい。医療現場では受け入れたくとも受け入れられない。それが現実です。医療者の立場なら「受け入れ不能」というコトバを使う。でも患者目線で見たら「たらい回されている」わけで、それも現実かもしれない。きちんと使い分けよう、そういう風にしました。
 
コンビニ受診の問題を取り上げたときも、患者側からクレームが来るんじゃないかと思った。でも局にクレームは来ませんでした。なーんだ、ちゃんと伝えればわかってもらえるんじゃん。
 
先日やったばかりの産科の訴訟の番組。まさに“難産”でした。放送の直前までmeetingで構成変え、編集変えが続きました。医療ってそんなに完全なものじゃない。産科医療崩壊の第2回「医療と訴訟」。台本が11回書き換わり、編集は7回やってます。そのたびに大激論でした。
 
放送前夜の夜中…チーフプロデューサーが言った。「わかった。医療と裁判って相性悪いんだね。」見ちゃった知っちゃった医療現場の事実を伝え、認識を変えていく作業でした。医療者目線を取ったことで、医療者からの番組の信頼は高くなった。意外だったことは視聴者からの反応も非常によかったこと。「知らなかった。もっと知りたい。もっと伝えて欲しい。」明らかに、視聴者は医療現場の生の声を聞きたがっています。
 
潮目が変わってきている…。
 
小泉政権時代、国の医療政策を批判しようと思った企画を蹴られてきた私からすれば嬉しい状況が生まれてきた。同時に…今あなたがた医療者が発する言葉を視聴者は待っているんだと思います。
 
医療特集、今は年間計画の折り返し地点。現場に行かない局の人たちも取材の報告を聞き、映像を見る中で「ホントに医者はがんばってる、なんとかしなくちゃいけない。」そういう気持ちになってきている。次は、医療をどうやって守っていったらいいのか、変えていったらいいのか、これからの医療を提言したいよね、という段階です。だけど…。
 
柏原、東金、夕張。各地で新しい動きは始まっている。それを取材すれば何か見えてくる?いや、見えない気がします。なぜか?医療者の集団…というものが取材する側に見えてこないからです。個々ががんばっている姿しか見えてこない。学会?日本医師会?違う…。勤務医の声は拾えていない。誰の声を聞いたらいいのかわからない。医師たち…その集団としてのまとまりのなさに情けなさを感じます。
 
医療はどんどん悪くなっている。それをちゃんと伝えてこなかった自分たちは“マスゴミ”と言われても仕方がない。それは痛感している。それじゃ医療者は何をしてきた?伝えてきた?知恵を集めた?提言してきた?あなた方医者も…なにもしてない。
 
4月12日、医療議連のシンポジウムで壇上の医師が「医療が崩壊してゆく中で、あなたは何をしてました?」と質問され、その医師は答えました。「患者を診てました。」あ、上手いこと言うなぁ、と僕は思った。思ったんだけど、じっくり考えてみると実はそれ、逃げ口上なんじゃない?我々も「何やってたんだ?」と聞かれたら「1日24時間ずっと必至で番組を作ってました。」と答えればよい?それでは責任を果たせない。
 
今がチャンスなのかもしれない。メディアの人間も変わりつつあります。医療の世界の敷居の高さも変わってきた。開かれてきた。開かれるのなら我々はずうずうしく入っていきます。“総意”を出してほしい。そうすれば今の我々ならそれを支えていけると思う。
 
言いたいことは以上です。が、大野事件について付け加えるなら…。
 
事件について正しいかどうか、僕はそれを言える立場にはない。しかし報道についてはまた大きな過ちを犯していると思います。逮捕された時点で実名で報道している。無罪推定が働いていない。メディアが実名を出した瞬間に逮捕者には社会的制裁がはじまってしまう。その家族も逮捕された人の家族だと見られる。事件事故報道は匿名であるべきだと思う。視聴者の好奇心におもねるため、記者がドラマを描きやすくするために実名を出すのは止めなければなりません。

 
 
 
医療現場、前線の整形外科医である私の視点と真々田さんの視点は違うはずです。で、やっぱり多少違います(汗)。違って当たり前です、立っている位置が違うんだから。でも共感?共鳴?しました、“違うこと”を前提に。私が取材する側だったら、と想像したら…私も同じ事を言うかもしれない?いえ、真々田さんほどに医療者目線で番組を作れるだろうか?我々医療者はもっともっとメディア側の人たちと、ぶつかり合う、語り合う、理解し合うべきだと思いました。潮目が変わってきているのは、我々医師たちも肌で感じています。
 
 
 
褒め倒すだけじゃ気持ち悪いので、ひとつ暴露w
 
講演を聴いて後日、私は真々田さんに…
「スライドも使わずに語りだけで惹きつける…すばらしかったです。」
そしたら真々田さん曰く
「“スライド使わず”ではなく“スライド作れず”です。すみません。」
だそうで…。あれ〜?…(^^;)

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2008年8月14日 (木)

8.9 夏期研修会 その2(野村麻実氏)

さて、夏期研修会レポート その2
 
長〜〜い前振りのその1に続いて本会のレポートに入りますが
…実はあちこちで参加者、取材者によるブログやニュース記事、
詳細なレポートがすでに書かれちゃっているんですよね…。
あたた〜「なんちゃって記録係」の私は洋梨鴨…σ(T_T)
 
いやいや、めげないもんねw
 
さて本会のスタートは医療制度研究会の理事長、中澤堅次氏の挨拶から。
この夏期研修会開催に至る経緯です。
 
この研修会、企画当初は…
「医療制度研究会の幹事で集まって勉強しようね〜。」
というものでしたが、構想を練っているうちに若い会員たちが
どんどん内容をふくらませていくことになり、
このような二部構成の会ができあがりました。
企画立案の経過でドタバタして開催の紹介が遅れたりもしましたが
(私もドタバタアタフタしたうちの一人かもw)
たくさんの方々にお集まりいただいてありがとうございます。
(企画がゼロから動き出して1ヶ月でした…よくぞここまで…)
 
今日は二部構成。
 
第1部:大野病院事件から第三次試案大綱までを振り返る
第2部:医療崩壊から医療再生への模索
 
と会の概要と演者を紹介し、本会スタート。
 
 
 
【大野病院事件によって浮き彫りにされた問題点】
 
国立病院機構名古屋医療センター産婦人科 野村麻実氏

 
講演内容の詳細は私が議事録的に記載するよりも…
ブログ「産科医療のこれから」できっちり記事にされています。
野村麻実氏の講演の完全版を見たい方はこちら
(やっぱり…お、お得意の手抜きつよぽんか…(-_-;))
 
まずは事件の概要の説明から野村先生の講演は始まります。
 
加藤先生は術中エコーまでやって体部をU切開してアプローチ。
これは十分先進的な医療について勉強している処置、対応です。
と、加藤先生が技術的に信頼のおける医師であったことを強調。

一人医長…病院に産科医は一人。我々整形外科もそうですが
病院の診療科を一人でやっていると勉強や議論の機会が減り
だんだん「自分のやり方」だけに偏りがちになります。
加藤先生は一人医長をしつつ、よく勉強している先生だった…。
 
そして逮捕までの経過を説明。
 
ミスを認めたら遺族への補償がしやすくなる。だからか…
県の事故調査委員会はミスを認める見解を出します。
その報告書から警察が動き出し…逮捕へ。
…これが全ての始まりでした。
 
野村先生はそこから先も経時的に事件を説明しつつ
時間の流れのポイントポイントで立ち止まり、
たたみかけるように次々と問題点を指摘していきます。
 
・医師法21条違反?
 →そもそも当事者側(病院、医師)は死亡に至る経過を
  正当な医療の結果と判断していたのだから
  届け出なかったのは当たり前じゃないのか?
 
・在宅起訴じゃなくて逮捕?
 →逃亡の恐れもないのに、どーしてタイーホなんじゃ!?
  人質司法…逮捕して自白調書を取る(密室で吐かせる)ため?
 
・医師逮捕で富岡署が表彰?
 →逮捕しにくい職業や立場の人間を逮捕すれば手柄?
  現役の政治家逮捕したらスゲーぜ!と同じ感覚ですか?
  医者を逮捕したのはGJ!!…ってことかよ!?
 
・そして福島の医療は…?
 →事件前でさえ医師不足〜崩壊が進んでいた福島県なのに
  トドメを刺すつもりなのか…!?
 
・鑑定医の専門性は?
 →産科の専門的な判断をなぜ婦人科医に委ねるんじゃ?
  (鑑定医はなぜか産科領域に明るいとは言えない
   婦人科、腫瘍を専門としている教授なのだった。)
  だから弁護側は産科領域の専門家の発言を集めたのに…。
  
・しかしマスコミの論調は…
 →「産科の権威を集めて医者のかばいあいかよ」という論調。
  より専門的に信頼できる証言を集めて何がいけない?
  それを“かばいあい”と言われたら…どうすりゃいーのだ!?
 
・医師の裁量権って?
 →医療のプロが素人な検事に問われ、素人の裁判官に裁かれる?
  勉強し、理解しようとしているならまだしも…
  そもそも産科と婦人科の専門性の違いすら理解してないのが
  鑑定医の選択からも明らかだし。
 
・大山鳴動してねずみ一匹?
 →2年半の大騒ぎをして求刑は…禁固1年+罰金10万円…orz
  受けた求刑と社会的制裁の落差があまりにも大きい、
  そして起こした社会現象との落差はもっともっと大きいよなぁ
 
・刑事訴追で裁けるのは何?
 →刑事裁判って個人を罰するシステムでしかないっすよね?
  例えば助手をした外科医、麻酔科医、院長、看護師…
  関わった他の人間に起因することは争点になりにくい。
  医療ってチームで行うものでありシステムなんだけどね。   
  だから「医療と裁判ってそもそも相性が悪いものである。」
  というのは納得です。

・裁判というものへの誤解
 →裁判とは…真実を探す場でも弱者救済の場でもない。
  正当性を主張しあう戦う場でしかない。
  医師は「自分は悪くなかった!」と言うしかない。
  そんな戦場では患者家族の心の傷は広がるだけ…ですよね。
  でも、裁判は弱者救済の場ではない、というのも事実です。
 
 
た〜くさん書いた気がしますが、それでもかなり省略してます。
んで私の主観もごちゃ混ぜになってます(-_-;)。ご容赦を。
 
そして講演の締めに入った野村先生が提示したのは…
この事件を境に急カーブを描いてどんどん減っていった
福島の、日本の、産婦人科医師数のグラフです。
 
事件をきっかけに起こった社会現象はなんだったのか、
地域医療はどうなったのか、どうなっていくのか、
考え続けなければならない。
 
最後はこのスライドでした。
21_2_2
シンポジウム
福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える
 
 
 
30分という短い時間に大野病院事件を全て凝縮した講演でした。
スゲー、よくまとめたよなぁ…野村センセ、GJです。
聞いていて感じたのは、辛辣なコメントをマシンガンのように
あれだけ乱射(?)しつつも、患者側、遺族側を否定・批判する
ような発言が一切なかった、ということです。
んなこと書くと野村先生には「当然じゃん」と言われそうですが
判決の日を間近にひかえるこの日の講演ですし、ね…。
 
 
 
…記録係とか議事録とかって気合い入れちゃったもんで
なるべく講演内容を漏らさず伝えようと頑張り杉ました。
自分らしくないエントリーになった気もしますが…(^^;)
でもせっかく書いたしのもったいないから出しちゃいます!
 
次回メディア側からの提言「真々田さんの巻」はもうちっと
軽め短めに行きます。とか言ってまたこんな感じになるかもなぁ…。 
私って根が真面目だからなぁ…。 
   ↑
突っ込みどころじゃありません、断じてw

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2008年8月12日 (火)

8.9 夏期研修会 その1(というか前振り(-_-;))

2008.8.9、医療制度研究会の夏期研修会がありました。
先月、ブログで告知した研究会&意見交換会in赤坂です。
期待どおり…楽しく、かつ勉強になった密度の濃い1日でした。
濃すぎて1回の記事では書ききれませんw…ということで、
これから数回にわたってこの研修会のレポートを書こうと思います。

んで、今日はその1。
 
 
私は前日の夜からお江戸入りしました。
 
いつものごとく宿泊場所をなーんにも考えずに行きましたが
東麻布の友人宅に泊めてもらい、宿無しお江戸ツアーは回避w
翌日9日は友人宅からタクシーで研修会の会場に向かいました。

えっと、場所は… 

ホギメディカル(株)本社会議室(地下大ホール)
東京都港区赤坂2−7−7(地下鉄銀座線溜池山王駅徒歩2分)
 
12時半ころ、溜池山王駅近くでタクシーを降りました。
事前に知らされていた住所、番地だけを頼りに
うろついてみたけどホギメディカル本社ビル?…わからん(汗)
交差点にいた警官に聞いてみたけどやっぱり…場所わからん(滝汗)
迷子になりやすい方向音痴の田舎者にとってお江戸入りの命綱、
必須必携アイテム文庫版お江戸マップを片手に番地を探して…
ホギメディカルの本社ビル、やっと発見(・∀・)v
おお!すっげー、なんか立派でかっちょえー♪
新しくて超綺麗なビル、会場の地下ホールも良い感じです。
 
 
研修会の開始時間は午後2時。
私が会場入りしたのは1時ちょっと前でしたが
すでにスタッフはかなり集まっていて会場の準備をしてました。
 
さて、私もちょっとお手伝いを…。

配る資料をまとめてホチキスで留める。
各講演それぞれの資料、一部ずつをひとまとめにそろえる。
研修会の参加者約110名分、各席に揃えた資料を置く。
 
頭は使わず流れ作業的に淡々とこなすそんな作業は久しぶり。
なーんか新鮮な感覚です。これはこれで楽しい作業でした。
いつもの仕事は、ないアタマ使い杉っつーことですねσ(-_-;)
 
演者も続々と会場に登場します。

第1部の先陣を切って大野病院事件を語る演者、産婦人科医の
野村麻実センセもスタッフに混じって準備を手伝ってました。
なんと、近くのコンビニに買い出しに行ってスタッフ用の
ジュースや軽食を(自腹でw)買ってきてくれて
私もちゃっかりいただいちゃいました。
優すぅいぃ〜♪ ごちそうさまですたm(_ _)m

「なんちゃって記録係」の私は持参のMacBookの電源確保のため
理事長の中澤堅次センセと本田宏センセが両隣に位置する
最前列のVIP席(?)に偉くないけど偉そうに場所取りw…役得♪
 
医療界の吉本興…すみませんカリスマ、ネ申、本田宏先生
会場最前列、私の隣の席でおもむろにパソコンを開き、
講演に備えてなにやら作業…をしていると思ったら
いつのまにやら参加者とすでに議論を始めちゃってるし…
…フライングです(笑)
 
今回のイベント、開催に当たって大事なコンセプトのひとつは
医療系、司法、メディア…多彩な視点、広い視野、多様な角度で
医療現場の抱える複雑化した問題を捉えること。
 
企画当初の予測を上回って110名と大人数になった参加者ですが、
演者だけでなく聴衆側も、医療を取り巻く各業界で知られた
有名人が次々と現れます。
 
メディア系ではm3.com編集長の橋本さんやキャリアブレインの面々。
後期高齢者医療制度とリハビリ日数制限に戦いを挑む澤田石先生登場。
つい先日6月28日に、勤務医の労働環境を考えるシンポジウム
主催し成功させたばかりの中原のり子氏も…
医療の光と影を綴った開高健ノンフィクション賞受賞作
「ねじれ」の著者、フリーライターの志治美世子氏も…
1日1万近いアクセスを誇る医療系カリスマブロガーSkyteamセンセも…
みな会場準備段階から参集し手伝い…
 
こ…濃い…。開会を前に役者が揃っていく感覚です。
 
…と、イベントへの期待感を不自然なほど無理矢理あおりつつ
本会のレポートは次回の記事に回すつよぽんであったw
 
あ、前振りが長すぎ?........((((ヘ_ _)ヘ
 

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2008年8月 4日 (月)

研修医Bくんの披露宴

もう1週間経つんですが7月26日(土)
この4月までうちの研修医だったBくんの披露宴に行ってきました。
3月のブログ記事、がんばれ研修医!で紹介したBくんです。
結婚相手は、これまたうちの病院で理学療法士(PT)をしていたTさん。
 
彼は卒業後2006年4月に研修医としてうちの病院へ。
私がこの病院に異動して来たのと同時です。
2年間の研修の中でまんまと私の策にハマり(?)
整形外科医になる意志を固め…
出身大学(私と同じ)の医局に入局しました。
 
2年間、仕事も勉強も忙しかったはずですが
忙しい合間にちゃっかりリハビリスタッフのTさんをゲト。
1年目研修医の夏前からもう付き合っていたらしい…
手が早えぞゴルアw 

彼が研修終了して大学病院に異動、引っ越しすると同時にTさんは退職。
Tさんはすごく有能な、患者を安心してまかせられるPTだったんです。
当院の貴重なスタッフを一人“個人的に”引き抜いて持ってっちゃいました。
うーむ(笑)
 
5月のある日、
大学に送り出した彼が週末を使って私に会いにきました。
 
「7月26日に結婚式をするので予定をあけておいてもらえますか。」
お、呼んでくれるんだ、おめでと♪
 
「で、来賓の代表挨拶をつよぽん先生にお願いしたいんですけど…。」
なぬ〜、招待客には私より偉い先生、年配の先生もいるぢゃん!
新郎の上司でもあり、新婦の上司でもあった私が適役ということらしい。
仕方がない。キョージュでもイキョクチョでもないけど、まいっか。
 
「で、その披露宴で演奏と歌をやってもらえませんか?」
なぬなぬ〜!?ぃゃ、二次会でなら去年後輩の結婚式で演っただけど…
披露宴でっつーのは、ちょっとなぁ…。
 
「あの、ぜひお願いします。」
ふーん、披露宴を「つよぽんライブ」にしちゃっていいわけねΨ(`∀´)Ψ
 
  
で… いい披露宴でした。
 
2_2
 
わたくし、
来賓代表の祝辞でしゃべるっつーのに遅刻してギリギリに会場入りして
新郎新婦および関係者・会場スタッフをハラハラさせたりしましたが
(信じらんな〜い!と出席してた別の当院スタッフにナジられますた(-_-;))
 
その祝辞。
患者にも仲間にも病院スタッフにも優しすぎるほど優しい、
だからこそ自分の力量・経験不足に悩んだりもしていたBくん、
(研修医だったんだから経験不足は当たり前だっつの)
責任感がありすぎるからこそ適度に手を抜くってことができずに
仕事を全部一人で抱え込んじゃってキャパオーバーで壊れそうになったり…
今どきの若者のくせにあまりにも素直で真摯で真面目な…(ホントか?w)
だからこそ“医師”という人間を相手にする職業に向いているはずの
彼の人となりを紹介しました。
 
さて祝辞は終わりましたが私は落ち着きません。
ひととおりの上司や友人や親戚の祝辞とご歓談w、
そして新婦友人のかわいい余興が終わり、
ミュージシャンつよぽん、いよいよスイッチオンです。
 
会場のすみに置かれたグランドピアノに向かい
2曲、弾き語りをしました。
 
Photo_2
 
BくんとTさんからのリクエストは
ハナミズキ / 一青窈
抱きしめたい / Mr. Children

この2曲を歌ってきました。
これ、2曲とも歌詞も曲も…いい歌ですよねぇ〜。
スーツ着て弾き語り?ライブ?演ったのは初めてです(笑)
 
今回は、個人的な記事ですみません。…あ、いつもか…(爆)

「整形外科医になります。鍛えてください。」
研修医1年目のBくんがそう言いに来たときに私は
「1学年上に負けないくらいのスーパー研修医に育てるからついてこい。」
そう言った。そして実践したつもり。彼もついてきた。

大学病院で今までとは勝手が違って戸惑ったりもあったようだけど
研修医として、私が育てたんだから出来が悪いはずがありませんw
堂々と、自信を持って整形外科医としての階段を上って欲しい。
んで、遠い将来?近い将来?私に追いついて追い越して欲しい。
カリスマつよぽん先生に追いつくのはそう簡単じゃありませんが。
はっはっは┌( ̄0 ̄)┐    ↑ここ、突っ込みどころね。

だけど結婚はあっという間に追い越されました…。
指導医を差し置いて嫁もらったのは許せません。

合コン紹介してくださいheart04
…あ、しつこい?coldsweats01


お幸せに…
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2008年8月 1日 (金)

8月9日(土)医療制度研究会&意見交換会in赤坂

しばらくブログを放置状態でした(^^;)
 
いやぁ…
平日は緊急手術が毎日のようにあって
週末は週末で、講演会(演者σ( ̄▽ ̄))やら
海でBBQ(企画&幹事σ( ̄▽ ̄))やら
後輩の披露宴(来賓挨拶&余興の演奏σ( ̄▽ ̄))やら
忙しくって…。 ←言い訳w
 
んで、久々の今回は…
来週に私も参加するイベントのお知らせです。
 
 
医療制度研究会&意見交換会
 
日時:8月9日(土)午後2時〜6時。(受付は午後1時30分)
場所:ホギメディカル(株)本社会議室(地下大ホール)
東京都港区赤坂2−7−7(地下鉄銀座線溜池山王駅徒歩2分)
地図は、http://www.iryoseido.com/map/hogy.pdf/
参加費:1,000円(資料代)、懇親会費:4,000円
 
第一部:【大野病院事件から第三次試案大綱までを振り返る】
 
・野村麻美氏(国立病院機構名古屋医療センター産婦人科)
・真々田弘氏(日本電波ニュース社報道部)、
・井上清成氏(井上法律弁護士事務所)
司会:松原要一氏(鶴岡市立荘内病院院長)
 
休憩(午後4時〜4時20分、飲み物用意いたします。)
 
第二部:【医療崩壊から再生への模索】
 
・本田宏氏(済生会栗橋病院副院長)
・松原要一氏(鶴岡市立荘内病院院長)
・森田茂穂氏(帝京大学麻酔科教授)
司会:中澤堅次氏(済生会宇都宮病院院長)
 
参加をご希望の方は、お名前、御所属先、連絡先をメールにて
事務局 坂詰 清宛( zumechan@aol.com)お知らせください。
もしくは添付資料をファックスください。
申込み期限:8月6日(水)

 
演者の布陣、知る人ぞ知るビッグネームてんこ盛りです。
 
野村麻美センセはネットでリアルで縦横無尽に活動する戦う産婦人科医。
真々田さんはNEWS ZEROで良質な医療ドキュメントを連発する番組制作者。
井上清成氏は、医療法務・医療訴訟の第一人者。
本田宏センセは、ご存じ泣く子も笑う…もとい黙る医療界のネ申。
松原センセは丸くはならないなれないブレーキの壊れたカリスマ院長w
(以前、このブログで紹介しました→荘内病院に行ってきた
森田センセは、医療界と法曹界の連携が必要、と説く医療界の論客。
 
医師+メディア+法曹のいろんな視点から医療を議論する予定です。
医師だけで語っても、メディアだけが一方通行に伝えても、
法曹だけで語っても…内容がよくてもなかなか外向きの議論になりません。
三者入り乱れてのトークバトルは面白いものになるはずです。
 
いわゆる講演会って感じじゃなくて那須の温泉合宿のときに近い感じ、
比較的少人数(数十人?)で膝を突きあわせたような
和気あいあい&ケンケンガクガクのトークバトルになりそう。
きっと懇親会に突入してもエンドレスでしょうw
すっげー楽しみです。
 
このブログを読んで興味を持った人は是非、事務局にメールをheart04
医師、弁護士、マスコミ関係者じゃなくても参加歓迎ですよhappy01

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