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2008年6月

2008年6月26日 (木)

Newケータイ、ゲト(・∀・)v

とうとうケータイを換えました!

とうとうと言うのは…
実は今日までDoCoMoのN505iを5年間使ってました。
FOMAじゃありません、MOVAです(笑)
人にケイタイを見せると、それだけでネタになりました。
 
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「か…化石ですか、それ?」
「アンテナが伸びるケイタイ、久々に見た(笑)。」
「色落ち加減がストーンウォッシュっすね…。」

普通は本体がダメにならなくてもバッテリーがもたなくなって
買い換えを考えますよね。私の場合、買い換えようと思う前に
突然のバッテリートラブルで予備バッテリーを買ってしまったので
今日までバッテリーがなんとかなってしまった…というのもあります。

んで使い続けたら…
メールと電話ができれば事足りて他の機能はほどんど使わないし、
新機種に買い換えると新しい機能を覚えるのがめんどくさいし、
以前はFOMAよりMOVAのほうが電波の届くエリアが広かったし、
(これ重要でした。ウィンドで海、スキー・スノボで山に行ったりで
 アウトドアで通信エリアが広くないのは致命的と思ってました。)
化石と笑われる快感(マゾかw)もあって頑なに使い続けたんですが
最近さすがに旧機種で不自由を感じるようになりました。

【やっと買い換える気になった理由】

・バッテリーが1日ももたない。
・今はFOMAもMOVAも通信エリアの広さは変わらない?
・愛機N505iがときどき挙動不審。
 (いつ壊れてもおかしくないぁゃιぃ動きがときどき…)
・長いメールは分割されて受信するのでウザイ。
・最近のケータイはPCサイトがフルブラウズできるらしい。
・友人がやたら新しいケイタイを自慢する。

で、今日ショップに行って買ってきました。

shine shineS H 9 0 6 i shine shine
 
P1000113_2
P1000114_3
新機種、どれも似たり寄ったりで複雑な機能は比較して調べるのも
めんどくさいしカタログ見てもちんぷんかんぷん。
ショップのにーちゃんも「どれもほとんど一緒ですよ」とか言うし。
確かにワンセグ、GPS、フルブラウザ、通信速度、カメラ、海外使用、
906iならどれでも同じく使えるし、値段もほとんどが一緒。
迷ってたらいつまで経っても買えないので決めちゃいました。

SH906iにした決め手は…
タッチパネルとBluetoothキーボード対応です。
オフの週末もお江戸やあっちこっちに行く機会が増えて、
フルブラウザでPCサイトにアクセスできるのは便利です。
どーせなら書き込みやメール作成もPCと同じキーボードでできれば
文字を打つストレスが少ないかもしれない。
ケイタイでテンキー入力するの苦手だし。

いやー新しいケイタイ、画面が広い、カコイイ!(・∀・)
でも…まだ使い方がぜんぜんわからん…orz

しかしiMacに続いて携帯電話…物欲が止まりませんw

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2008年6月22日 (日)

「父の日に想う」に想う

父の日に想う
という同じ文章を先週、ブログとSNSの日記、同時にアップ。
キャラ違うだろ、と自分でツッコミ入れつつ書いてしまいました。
この日記、最初下書きをしてみたもののあまりに個人的な内容で
しばらく迷ったんですが…結局晒しました。
 
結果的には、読んでくれた方々からブログ、日記、合わせると
ホントにたくさんのあたたかいコメントをいただきました。
いただいたコメントのひとつひとつが、私の記憶の中の父に
もう一度命を吹き込んでくれたような…不思議な感じです。
 
いただいたコメントを読んでいて感じたこと考えたこと、
“親子”について、もう少し書き足したくなりました。
  

 
思い返すと子供の頃の自分にとって親って絶対的な存在でした。
特に小さいとき、養ってもらっている間“大人”の基準は親だった。
親は自分を育てる存在、教育する存在、守る存在なわけで
子供の視点から見たら、親は完全・万能な存在であるのが当たり前で
子供にとって親の不完全さ、欠点は許し難いものだったりします。
 
子供の反抗期って、子供の精神的な成長にともなって
「親も不完全・不安定な人間だ」と気付いたときに始まる、
そんな側面もあると思います。
 
私自身も親に反抗していた時期はありました。
父親を憎んだこともあります。親子喧嘩して
「おまえみたいな大人には絶対にならない!」
そう罵倒したこともありました。
間違った方向へ導かれちゃたまらないと思ったし。
 
でも親も人間で、欠点もあるし間違いもあるし
不機嫌なときは八つ当たりもするものですよね。
もちろん「親」が自分から“不完全な人間であること”を
子供にも自分にも言い訳にし続けて、子供を育てる努力、
教育する努力、完全であろうとする努力を怠けちゃ
そりゃ親として失格だと思うけど。
 
子供のほうも…
絶対的な存在じゃないとわかって反抗し否定したくなる。
その時期を超えてもっと成長して自分も大人になって…
そこではじめて“自分の親”という存在の不完全さを許容して
本当の意味で愛することができるようになるのかもしれない。
 
そして子供が成長しきって、親子が対等な大人同士になったとき
親という存在が子供に対して“完全”なことがあるとすればそれは…
“無条件に味方である”ということだけかもしれません。
 
私は「親」をしたことがないので
「子供」の立場では語れても「親」の立場で語る資格はない、
語ろうとしても上っ面でしか語れないのかもしれませんが
そんなことをグダグダ考えてしまいました。
 
 
  
ここからかなり脱線 
私つよぽん、お得意の無理矢理こじつけの例え話ですww
 
医師と患者と恋愛関係(医師の誤診と悪意 その3)
医師と患者の依存関係(医師の誤診と悪意 その4)
医師と患者の関係を恋愛や結婚、男女関係に例えてみたりしましたが
親と子の関係にも例えられるなぁ…ということ。
「親→医師」「子供→患者」に置き換えて読み直す。
どうでしょう…。
 
医師は患者にとって、
自分を病気から助ける存在、守る存在なわけで
患者は医師が完全・万能な存在であるという錯覚をしていたり
完全な存在であってほしいと願っているでしょう。
患者にとって医療の結果得られるものや医師そのものの
不完全さ、欠点は許し難いものだったりします。
でも医師も医療も不完全で不安定なものです、残念ながら。
 
もちろん「医師」が自分から“不完全な人間であること”
を患者にも自分にも言い訳にし続けて、患者を治す努力、
施す医療を完全に近づけようととする努力を怠けちゃ
そりゃ医師として失格だと思うけど。
 
患者のほうも…
 
医師が神様でも絶対的な存在でもないと知りつつ命を預ける。
“主治医”という存在の不完全さを許容してはじめて
本当に病気や怪我と戦うことができるのかもしれない。
 
医療が患者に対して“完全”なことがあるとすればそれは…
病気と闘う、病を治すという同じ目的においては
“無条件に味方である”ということだけかもしれません。
 
と、またきれい事を書いてしまいましたねcoldsweats01

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2008年6月15日 (日)

父の日に想う

ちょっとしめっぽい昔話? すんません。
 
 
私の父が亡くなったのは
私が20才、医学部に入学した翌年の冬。
 
原発性肝癌という病名と余命が一年以内であることを
母から知らされたのは医学部の合格発表の日でした。
 
高校の友人と長電話で合格発表の話なんぞしていたところに
「ちょっとそこに座って。」とあらたまって母に言われ
大学生活の心構えでも説教されるのかと思ったら
「お父さんはね…治らない病気なの。」と。
 
父本人には病名は知らされていませんでした。
医師から母だけが告知を受けたのは数ヶ月前だったようです。
大学合格の喜びが一気に吹っ飛びましたが
大学受験をひかえる息子を動揺させるまいと
合格発表まで私にも秘密にしたまま
平静を装っていた母のほうがつらかったと思います。
 
その後地元の病院や大学病院に入退院を繰り返す父。
私は大学の近くのアパートで独り暮らしをはじめましたが
大学に通いながら、ちょくちょく実家に帰って家族で過ごし
入院したときはお見舞いに行ったりしていました。
 
人に同情されるのが嫌いだった私は
父の病のことを親友にすら語りませんでしたが
「息子さんはうちの学生、医学部の1年生なんですね?」
「あの患者さん、おまえのお父さんなんだって?」
大学の担当医や臨床実習をしている大学の先輩たちに
否が応でもばれてしまうのがちょっとイヤでした。
 
そんなこんなで1年弱。
具合のいい時期もあって、そんなときには
「末期癌なんてウソなんじゃね?
 実は治っちゃったりするんじゃ…?」
なんて錯覚することもありましたが、
ゆっくりと確実に病状は進み、食欲がなくなって、
黄疸が強くなって、食べられなくなって、尿が出なくなって、
呼びかけに答えてくれなくなって、
 
実家の近くの病院に彼が入院していた1月某日、
家族とたくさんの親戚に看取られて息を引き取りました。
 
 
私の父は医者ではなく小さな会社の社長、商売人でした。
亡くなったあと、父の蔵書を整理していたら
「子供をサラリーマンにしない方法」なんて本が出てきた。
「実はあなたを医者にしたがっていたんだよ。」
と、あとから母親や親戚が教えてくれました。
父は私の大学受験や進路にとやかく言ったりしなかったけど
知らないうちに進路を誘導されていたのか、私は?
(上手いな、親父w …つか私が単純だったのか…orz)
 
 
ケンカばかりしていて親孝行なんて全くしませんでしたが
彼が生きているうちに医学部を受験、合格したこと、
医者になる人生を進み始めたことを見届けるまで生きてくれたこと、
それが私にとって唯一の「親孝行」だったと
自分に言い聞かせています。
 
父親と酒飲んでハナシとかしたかったなぁ、と時々思います。
大人同士の会話ができるようになる前に死んでしまったのは残念。
今なら口げんかしても絶対負けない自信がありますw
 
 
ん…子供をサラリーマンにしない??
今の私の仕事「勤務医」も実はサラリーマンなワケですが
そーゆー突っ込みはナシね(^^;)

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2008年6月14日 (土)

医師の結婚適齢期 〜医師の恋愛と結婚 その2〜

“結婚適齢期”って言葉があります。

今の時代はライフスタイルが多様化していて、言葉自体が時代遅れな感もあります。大昔に比べて、職種も勤務形態も趣味も価値観も個人個人でぜんぜん違っていて、そして違うことが許容される社会になっていて、そのためか結婚に関する常識ってのもあんまり意味がなくなっている。

でもあえて…
医師という職種の結婚のタイミングって、なにか特徴、傾向があるでしょうか? 某SNSでの友人の書き込みをきっかけにちょっと考えて…とっても大雑把に、医師が結婚を考える時期、結婚したくなる時期を4つ(?)に分類してみました。


医師の結婚のタイミング、3つの波(+α)。

1)医学部卒業直後
学生時代から突き合っているケース。医局に入ったり仕事を始めて社会人としてのしがらみが多くなる前に結婚しちゃう、という人は多いです、相手が決まっていれば。医師になって数年すると指導医だの教授だの、披露宴に誰を呼ぶか呼ばないか、とか、仲人はどうしよう、とか面倒くさくなるので、そうなる前にサクッと。

2)研修医終了後数年間
一応「独り立ち」して、収入も安定してきたころ。まだまだ仕事も変な忙しさに追われて生活に自分のリズムは作れてなかったりするけど、そのぶん“がんばる自分を支えてくれる人”が欲しかったりする。

3)30歳代前半
仕事では一人前になり、プライベートでも一通り経験したころに、そろそろ、と。仕事は自分の判断で自分のペースでできるようになってくる。医師としての自分の将来設計もおぼろげに見えてくるから生活設計も現実的にできるようになって結婚を意識する。女遊びしまくってたヤツも「十分遊んだからそろそろ落ち着こうかな…。」などと考えはじめる時期だったりw

4)それ以降?
(3)までの波を通り過ぎてしまうと、もう大きな波はないかもしれませんね。結婚するとしたら職種でどうこうじゃなく、その人個人の運とモチベーションとライフスタイルが偶然の出会いを生んだときでしょうか。それがなければ一生独身?w まぁそれもまた人生。


プライベートな背景をプラスすれば書くことはもっともっとたくさんあるんでしょうけど、主に男性医師を想定して仕事とかかわることだけ抽出して考えてみました。女医さんだと妊娠・出産が絡んでくるので仕事以外の要素が仕事にも影響して絡んできてしまいますね。

 
 
話は変わって、来月、後輩の医師が2人、結婚します。
1人は部活(軽音楽部)の後輩、バンドでボーカルをやっていたS本クン。2次会参加の案内メールが来ました。もう1人は、以前「がんばれ研修医!」のタイトルでブログに書いた元うちの研修医(研修終わって今は3年目)Bクン。「披露宴で来賓の祝辞と何か歌を」と頼まれたけど…いいんすか、披露宴が“つよぽんライブ”になっちゃっても?w
 
ともかく、2人とも、おめでとう!!

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2008年6月13日 (金)

医師の恋愛と結婚 その1

今日はエロヤブ医師のつよぽんです。

またまた某SNSでの話題なんですが
忙しくてなかなか会えない医者と恋愛している女性、
その医者と結婚に持ち込みたくて立てた相談トピックが
「遊ばれてるだけなんじゃね?」
「都合のいい女として利用されてるだけでねの?」
みたいなコメントで荒れ気味になって
やっぱり消えてしまいました。
コメントの付き方、議論次第では
おもしろくて有益なトピに育ちそうだったんですが…。

で、
そのすぐ後、トピ主にかわり私が新たにトピックを立て直しました。
そんなこんながあったのが3週間前。
またもやちょい荒れつつも700以上コメントがついて現在も進行中です。
 
トピックを提起するときに考えたのは…
 
恋愛も結婚も男と女、突きつめれば個人と個人の問題なので
“医師の”とくくっても不毛なことかもしれない。
でも男女関係って漠然として大きすぎるテーマなので、
もっと素材を限定すれば具体的なことが語りやすいかも? 
んで、たまたま私が医師で、周りにも医師が多いからサンプルも多い。
だから素材を“医師”に絞れば私としては語りやすい。
漠然と恋愛論や結婚観を話題にするよりリアリティは増すと思うんです。

そして一般の人々は医師という“職業”ではなく“人種”に
良くも悪くも幻想や誤解を持っていたりすると感じることも多い。
医師という職業、医師という人種に焦点を絞って、
恋愛や結婚のことを考えたら、そりゃそれで面白いかもしれないし
私を含めトピックを読む医師にとって有益な情報が得られたり、
考え方を学べるかもしれない。医師以外の人にとっても
(その人の恋愛対象が医師であっても医師でなくても)
有益なこと、参考になること、あるかもしれません。
 
ま、それなりに…くだらないけどおもしろい(かもしれない)。
スタートの文章、ちゃらけ気味にこんな感じで投入しました↓
 
 
医者ゲトしたい女性も、女医ゲトしたい男性も、
恋愛、結婚したい医師も女医も、したくない(?)医師も女医も
いろんな知りたいこと、聞きたいこと、あるはずです。
たとえば…

・医師との恋愛・結婚って実際得なのか損なのか?
・医師を釣るのに効果的な手段は?
・医師との恋愛を上手に続ける方法は?
・医師の恋愛・結婚の体験談(失敗例・成功例)
・医師との恋愛・結婚の体験談(失敗例・成功例)
・医師同士は?医師と看護師は?医師と患者は?
・医師にふさわしいパートナーとは?
・どんな医者がモテるのか/モテないのか?
・医師ってホントはスケベばっかりなのか?
・私はこんなオイタしました(懺悔)
・私はこんなオイタされました(暴露)

テーマが広すぎてワケわからなくなりそうですが
タイトルに沿っている書き込みならなんでもオーケーです。
ただし…
 
 本 音 の み 募 集 し ま す  sign03
 
ネタと取るか、マジメなトピと取るかは参加者次第です。
駄トピになるか、良トピに育つかも参加者次第です。
コメントよろしくおながいしますm(_ _)m


そこでの自分の発言や、付いたコメントから考えたこと
整理しながらときどきブログに書いて行こうかなーと思います。
このテーマも書こうと思えば題材はいろいろ。
これもシリーズにしていろいろ書いてみようと思ってます。

あきたらやめますけどcoldsweats01

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2008年6月 6日 (金)

New iMac ゲト!!

たまに医療から離れたネタを。

今まで職場、医局の整形の部屋で使っていたiMacは6年ものです。
私が今の病院に来る前、先代の整形外科医長のときから使ってて
今でもフツーに使えるんですが…

とうとう…
New iMacに買い換えました (・∀・)v

起動! ぽちっ……じゃーーーーん shine
Imac_5
 
新旧iMacを並べて比べてみた。

画面が…デカイ!shineきれい!shineうひゃ〜!! shine
写真右の旧iMac も使いにくいとは思わなかったんだけど…
今まであんなにちんこい画面で作業してたのが信じられません!

広々画面でスペックも最新note
嬉しくて仕方ないんですがちょっと困ったのは…

OSがバージョンアップしてLeopardになったので
今まで使っていたソフトが対応してくれません。
ワープロ、Office、画像処理も?
ソフトも揃えようと思うとけっこうな出費になりますね。
本体に大枚はたいて終わりじゃないのが
新しいパソコン買うときの注意事項ですねぇ…(T_T)
 
 
当院整形用 New iMacのスペック
 
プロセッサ:3.06GHz Intel Core 2 Duo 6MB共有二次キャッシュ
ディスプレイ:24インチ 1920 x 1200 ピクセル
メモリ:2GB (1GB SO-DIMM x 2基)
ハードディスク:500GB 7200 rpmシリアル ATA
光学ドライブ:8倍速 2層式 SuperDrive (DVD±R DL/DVD±RW/CD-RW)
グラフィックス:NVIDIA GeForce 8800 GS (512MB GDDR3 メモリ)

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2008年6月 3日 (火)

再生と崩壊の混在する町 〜丹波市・柏原病院のこと〜

兵庫県丹波市にある兵庫県立柏原病院。

丹波市も、柏原病院そのものも、私には縁もゆかりもないんですが、医療議連のシンポジウムのときに、たまたま「県立柏原病院の小児科を守る会」代表の丹生さんとお話したこともきっかけになって、私にとってのウォッチ対象になっています。丹生さんとお会いしたことは4月にブログ記事(4.12医療議連シンポジウム報告)に書きました。

今日は丹波と柏原病院を外野から見ていて感じたことを…。

柏原病院も「守る会」のことも、ご存じの方が多いでしょうか。地域に小児科医がいなくなりそうだったときに、子育て中のお母さんたちの活動によってコンビニ受診が激減し、病院医師と患者側の良い関係が築かれて小児科医は残留することになり…いえ、更に医師が増えることになり、医療再生の試みとして注目されている病院です。

小児科医療が「守る会」の方々の活動のおかげで守られ再生しつつあることは、たくさん報道もされて脚光を浴びています。しかし病院全体に希望の光が差しているわけではなさそうです。柏原病院のホームページに…


平成20年4月からの時間外診療体制の変更について(お知らせ)

日頃より兵庫県立柏原病院の運営に際しまして、多大なご支援を頂いておりますことを感謝いたします。

さて、平成20年4月1日をもって、整形外科は外来診療のみとなります。昨年10月の脳神経外科に引き続く入院診療の休止であり、皆様にはご迷惑をおかけすることを心よりお詫びいたします。また、両診療科の入院機能休止をふまえて、本院における平日および休日の時間外診療体制を下記のとおり変更させていただきます。 -以下略- 


典型的な地域医療崩壊パターン…。

生ぐさいような話だけど整形外科と脳外科って総合病院にとっては稼ぎ頭のドル箱です。県立病院=公立病院なので民間病院と違って収益減で絶体絶命とまでは言いませんが…両科の入院機能休止は病院経営にとって大ピンチなのではないかと思います。

病院存続の危機、医業収益の面にとどまりません。入院施設として整形外科と脳外科が機能しないということは、外科系救急医療(要するに怪我した人の治療)が事実上不可能であることを意味します。そして外科系救急が不可能ということは、総合病院としての体裁を保てないということを意味します。

丹波地域のことを知らない私はもうちょっとググったりして調べてみました。人口7万人の丹波市に一般病床を100床以上持つ中核病院は柏原病院柏原赤十字病院のふたつだけです。ホームページを見たら赤十字には脳外科はなく、整形外科は07年1月に常勤医が辞めてから休診(その後、大学からの助勤で外来のみ再開)。この4月から、丹波市の(入院が必要な)外傷患者はほとんど市内で治療を受けられない状態になっているのでは?

脳外科や整形外科の休診・撤退。小児医療の充実を横目に進行する救急医療の危機は、コンビニ受診の抑制や、現場医師と患者の連携だけでは乗り越えられない。別の側面からも戦略を考えなきゃならない。“丹波医療再生ネットワーク”という住民全体を巻き込む試みもありますが…

子供を持つ母親たちの強さと優しさで、小児医療に追い風が吹いた。
救急医療に、再生を呼ぶ風を起こせるのは誰だろう…? 

注目を浴びている丹波市ですが光と影のギャップを感じました。
医療再生への希望の光と医療崩壊の黒い影、両方が見えています。
希望と不安が混在する町、そして病院。見守りたいと思います。


今日はマジメな医師ブロガーっぽいこと書いてみましたcoldsweats01
ネットの情報とか自分の情報源だけで書いちゃったので…
間違いとかあったらツッコミよろしくおながいしますm(_ _)m


県立柏原病院の小児科を守る会
県立柏原病院の小児科を守る会のブログ
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丹波医療再生ネットワーク
柏原病院 7月から整形外科休診の見通し
柏原日赤 小児・眼科医引きあげ -伊関友伸のブログ-

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