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2008年3月

2008年3月28日 (金)

がんばれ研修医!

4月になる。
昨日は内輪で研修医の送別会を開きました。

うちの病院から送り出す2年目研修医は3人。
3人とも最初は何科の医者になるか白紙の状態だった。
この病院で医師としての最初の2年間を過ごし、
彼らは自分たちの進路を選んだ。そして…

1人は麻酔科医になる。
2人は整形外科医になる。

Aくん

1年目のとき「膠原病内科に興味がある。」と言っていた。
「リウマチとか、整形なら膠原病外科ができるよぉ〜Ψ(`∀´)Ψ」
と軽く勧誘してみたがフタをあけたら麻酔科へ(笑)
きめ細かく全身状態のチェックをするのに秀でていた。
手術記録やサマリーの作成がしっかりしていた。
麻酔科への進路を決めてからは、選択の整形研修期間中も
整形外科医と麻酔科医の視点、両方から見る目を養っていった。
外科医の目線で手術を見ながら麻酔管理ができる、
“手術”というものが、執刀医だけの仕事じゃなく
麻酔科医だけの仕事でもない、チーム医療なんだということが
(当たり前なんだけど)自然にわかっている…
そこまでは、もうこの2年でクリアした。
それを忘れないで、そしてスキルアップはまだまだこれから。
外科系医師から頼られる、慕われる麻酔科医になってください。
つか、なるはず。なれww

Bくん

研修の最初、漠然と内科医になろうかなーと思っていたらしい。
1年目の終わり、必修で整形を回った後、整形外科医志望を表明。
2年目、自由選択の5ヶ月間は全て整形研修を選び、
2回目の整形研修に入る前日、所信表明を書いて私のところに持ってきた。
「努力する。寝る時間と食事の時間以外は全部勉強と仕事に費やす、
 それくらいのつもりで頑張りますから鍛えて下さい」と。
ある意味、指導医への挑戦状と受けとめ、私も火がついた。
「よっしゃぁ!1年上の医者と同等の技術を持つスーパー整形研修医に
 育ててやるからついてこい。」とスポ根マンガ調の会話が…(笑)。
(私はけっこうノリやすい…(^^;))
たくさんの執刀手術をこなした。患者への病状説明、手術ムンテラも
堂々とできるようになった。どんどん経験を増やしていった。
整形の研究会でも演題発表をやり遂げ、高い評価を得た。
Bくん、傲る必要はないが自信を持ってもいい。許す。
君はもう「ボクは整形外科医です。」と名乗れる資格があります。
で、発表演題。4月中旬までに論文にして私に見せてねnote
や く そ く ♪ ww

Cくん

ギリギリまで何科の医師になるか迷ってましたね。
スーパーローテート、行く科行く科でそれぞれに面白い、と言っていた。
1年目で整形に来たとき、ほとんどマンツーマンで全力で教えた。
夜までずっと一緒に行動していた日も多い(けっこうメシおごったなぁww)。
他大学の理学部卒業、大学院も卒業したあとの学士入学で、
すでに物理学博士でもあるCくん。
年齢をハンディと感じ、医師としての成長を急ぎたい気持ち、
「整形いいな、と思うんですが、今からで遅すぎないですかね?」
むりやり整形になれとは言わない。自分で選べばいい。でも…
早く一人前になれる科は?…そんな選び方はして欲しくないと思った。
何科であっても医師って、本人が望む限り死ぬまで成長は止まらない。
「“やれる”ことを選ぶより“やりたい”ことを選べよ。」
確か私はそんなことを言ったはず。覚えてる?
そしてあなたも最終的に整形外科医になる道を選んだ。
「迷いはまだあるけど、選んだからにはそこで頑張る。」
迷いが残っている、と言うくせに言葉と目つきに覚悟と決意があふれていた。
「先生と出会わなかったら、整形に行かなかったと思います。」
「先生みたいになりたいっす。」そう言ってくれたのが嬉しかった。
つか、Cくんが一人前になったときに私が
「あんな医者を見て科を選んだかと思うと恥ずかしい。」
と言われてしまわないか、そっちのほうが心配じゃ(-_-;)
で、今度はメシおごってねnote


3人とも、大学に戻りそれぞれの医局に入局する。
新たな出発です。“研修医”が“医師”になる。
自分の仕事に伴う責任も重くなる。
研修医時代とは違った困難に出会うはず。
簡単な一言だけど、心から言わせてください。

3人とも、がんばれ!

そして余計かもしれませんが3人の研修医に
もう一言、心から言わせてください。

合コン企画して私を呼んでくださいheart04

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2008年3月27日 (木)

医師の誤診と悪意 その1

昨日未明、ネット上のある医療系コミュニティに「祖父の死。そして誤診。」というトピック(掲示板で言うスレッド)が立ちました。あっという間に十数コメントついて、すぐにトピックが消えた。立てた本人が削除したらしい。

某病院で祖父が手術を受けた。1週間以内に再手術になった。その数時間後に容態急変して死亡した。医師への質問と、それに対する回答はICレコーダーに記録した。自分たち家族は明らかな誤診と確信している。そんな内容でした。文章は、体裁としては質問でも相談でもなく「無念さと悔しさで言葉になりません。」という言葉で締めくくられていた。

ネット上、医療者や患者が集まる場では純粋な医療相談だけではなく、こういう発言をよく見かけます。期待した結果が得られなかった治療、現在かかっている病院、医者に対する不満、不信、疑心を吐露するもの。患者や患者家族の、直接医師に言えない感情の捌け口だったり、賠償請求や医療訴訟を視野に入れた情報集めだったり。書く人は「気持ちわかります、私も…」「別な医者に行ったほうがいい」「その医者おかしいよ」「そんな医者は叩きのめせ」そんなレスポンスを期待しているのかもしれない。

そのトピックを見て「またか…」と思ってしまった。患者は、患者の家族は「病院で治療を受けること=病気が治ること」と思ってしまう。治療を受ける側にとってはそれが自然な感覚なのかもしれない。でも医療は万能じゃない。

文章から私は主治医に対する不信、憎しみ、敵対心、結果を出せなかった医師に対する戦闘準備態勢を感じて、最後の一行「無念さと悔しさで言葉になりません。」を切り返してコメントを書いてしまいました。

「自分がこの世に存在することに価値を見いだそうと
 医師という職業についてはみたものの
 世の中にはこんな患者の家族が多い現実を知り
 無念さと悔しさで言葉になりません。」

直後、別の発言者に「まあ落ち着いてもう少し詳しくトピ主の話を聞きましょうよ。」とたしなめられた。詳しい状況を知らずに「こんな」と書いたのは軽率でした。家族をなくした直後の感情に無配慮だったかもしれない。

ここ最近、大野病院事件などを報道で知るだけでなく、私の身近な親しい先輩や後輩医師も次々と理不尽な訴えられ方をしています。罪人扱いされたり、されそうになっている私の仲間達、患者の家族から思いっきり恨まれ憎まれている私の仲間達、おしなべて患者に優しい医師であり、仕事に真摯な姿勢を持つ医師ばかりです。皮肉にも最前線で頑張り続ける情熱を持つ医師ほどそんな局面に立たされているのを目の当たりにしている。そんな背景もあって少し勇み足な発言してしまったかもしれません。

消えたトピック、医師は本当に誤診したのか? 医師は悪意を持って治療にあたったのではないはず。「よかれ」と思って自分なりの最善を尽くしたつもりでも残念な結果だったとき、家人に非難され罵倒され訴えられたら…それが私だったら?その突き刺さる憎しみを、私は黙って引き受けられるだろうか?

最近の医療訴訟、医師は「期待権の侵害」という訳のわからない理論で裁かれる。

言ってしまえば私も、他の医師たちも、毎日ロシアンルーレットをやっている状態です。医療というピストルを自らのこめかみに当てて、治療、手術という引き金を弾き「あ、今日は生き延びた。」そうやって診療を続けている。事故があれば“当たり”、訴訟で“大当たり”です。100点満点のテストで90点取っても評価されず「なぜ100点取れなかったんだ!」と責められ、10点分の失点の責任を取れと詰め寄られる。

それなら我々が学んできた医学という不確実な学問は行使すべきでないのだろうか?

確かに人間が人間に対して、命を左右するような行為はおこがましいことかもしれないとは思う。しかし合併症てんこ盛りの超高齢者であっても、誰が見てもピットフォール満載と思えるリスキーな病状であっても、放っとけば放っといたで予後不良なのが明白なのに見て見ぬふりができるだろうか? 病んでいる、傷ついている患者が目の前にいて、それを治せる(かもしれない)知識や技術を持ちながら手を出さずに立ち去れるだろうか? 最初から家族が医療不信を露わにしていたら、ミスがあったら許さんという猜疑心を露わにする家族がついてきたら…当の患者が苦しんでいても助けないのが自分にとって正しい選択なんだろうか?

結局は、凶器となりうる危ない剣を
 患者という他人に向けて振り回すと同時に
自分のこめかみに当てた銃の引き金を
 引き続けている馬鹿者共です、我々は。

でも今の私は『馬鹿者であり続けること』で自分のアイデンティティを保っているらしい。じゃ明日は? 1年後は? わかりません。願わくば今のままの自分でいたいけど。 


なーんか重たい文章を書いちゃいましたね。まいっかsweat02
次回は軽めに行きます(^^;)

ある産科医のひとりごと:大野病院事件
詳しくまとめてあるサイトです。
太い糸で縫合したからガス壊疽が起きた?!:日経メディカルオンライン
この事例も…大きなニュースになっていませんが救急医療にとっては大野病院と同じくらいメガトン級のヤバイ裁判だと思ってます。
☆医療問題を注視しる!☆
大野病院の事例をはじめとする医療問題を医療業界外の方が見事に論じています。


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2008年3月23日 (日)

医療を語る資格、動かす資格、裁く資格

年度末で看護師やリハビリ、事務のスタッフも異動があります。
病院人事、なんじゃそりゃ…と思うことがしばしば。どうしてだろう…。
経営のことしか知らない(いや経営のことすら知らない)人たちが
決めているからじゃないだろうか。

院長のやろうとしていること、現場の意識からするとときどき
「はぁ?」と思うことがある。それでもまだマシかなと思うのは
院長も臨床をやっていて現場の感覚を持っているからです、きっと。

看護部長の言うこと、院長以上に「はぁ?」と思うことが多い。
院長って外来などそれでもまだ多少は臨床をやっているけど
看護部長という職の人はもう現場の“看護”をしていないからだと思う。

医療政策、現場の感覚と大きくズレていることばっかりです。
現場を体感していない人たちが決めているからじゃないかなぁ。
政治家も役人もリアルな医療現場を見ていない。
医師免許を持った厚生官僚も…現場から見れば彼らは医者じゃない。

医療に関する報道の支離滅裂さにため息が出ることがある。
医療を知らない人たちが書いたりするからです。
いわゆる“評論家”の意見に失笑することがあったりする。
机上で理屈だけこねくり回してるのがバレバレでも素人は騙される。

医療訴訟、現場の感覚からすると信じられない判決が出たりします。
医療を知らない人たちが裁いているからです。間違いない。

逆に現場の医師は現場しか知らない、そうかもしれない。
最前線の医師は経営も、政治も、法律も、作文もプロじゃない。
語られちゃったり決められちゃったり裁かれちゃったりする我々も
報道する人たちや政治を動かす人たちや法律を駆使する人たち
彼らの分野の知識と彼らの視点で考える想像力が必要かもしれない。

逆に…
報道・法曹・政策のプロにも知識と想像力を持ってもらいたいと思う。
医学を学べとは言わない。せめて医療を学んで欲しい。

患者の痛みがわからない医者に医者の資格はない。そりゃそうだ。
だから同じだと思う。対立は得策ではないけれど、医療現場を知らない
知る気もないヤツらに医療を語らせるな。決めさせるな。裁かせるな。

だから…
福島県立大野病院の産婦人科、加藤医師が無罪となることを信じます。
(イイタイコトは結局コレだったりしてww)


帝王切開手術ミスで死亡、産婦人科医に禁固1年求刑…福島 2008.3.21読売新聞
第13回大野事件公判!(僻地の産科医さん)
主義なき検察(Atsullow-s caffeeさん)

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2008年3月22日 (土)

嗚呼、脱臼人生…

つよぽん@当直ちうです。
去年の9月頃の個人的secret当直日誌をおひとつ。

○○才男性

現病歴
21時ころ、酔っぱらってケンカして顔をボコボコに殴られて受傷、数時間取り調べを受けた後、警察から救急車で来院。午前1時に救急外来受診。(警察から救急車呼ぶくらいなら取り調べの前に連れてこい!と警官に説教しました。)

現症
酔っぱらっているが意識清明。LOC(-)。歩行可能。鼻出血は止まっている。視野、視力正常。眼球運動full range & smooth。対光反射正常。四肢に打撲擦過傷。Xp、CT上鼻骨骨折、blow out fracture、副鼻腔出血あり。brain damageは明らかなものなし。

この時間に他科医師を呼び出すのもあれなので、取りあえず採血、ライン確保して整形に観察入院とした。翌日、耳鼻科と眼科に診察依頼を出して診てもらうことにする。

「仕事は?」と聞くと「4月の交通事故のあと、まだ病院通いなもんで、今は仕事してないんっすよねー。」過去のカルテを見ると4月に超軽微な交通事故で当院受診歴あり。以後、開業医に転医し物理療法をいまだに続けている。こやつ、仕事(できるのに)しねーで事故の保険にぶら下がって食いつないでるな…。

入院なので病衣に着替えさせようと腕を動かすと
患者「いててて、脱臼しちゃうよ。」
「大丈夫♪ 脱臼してるのは人生だけですよ(ボソ」
救外ナースと患者様御本人(陽気なヨパライ)にウケました(・∀・)v

おあとがよろしいようで。

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2008年3月20日 (木)

荘内病院に行ってきた

3月18日、鶴岡市立荘内病院に行ってきました。

いっぱいいろんな話が聞けて有意義でした〜!地域医療改革へのヒントてんこもりな1日でアタマが飽和状態になりました。でも、そのあと院長センセたちと会食で(美味かった♪)オナカが飽和状態になったらアタマが空っぽになってしまいました〜!(T_T) ここにいろいろ書こうと思ってたのに〜!…まいっか、適当に記憶の断片つないで書いてみる。

14:45、NPO法人医療制度研究会の人々と病院ロビーで合流。なんと!Skyteamさんもいるし〜ww 院長にご挨拶、ひととおり病院の説明を聞き、院内を案内してもらう。

屋上のヘリポートは十数トンのヘリが着陸可能。建物は耐震構造ではなく免震構造。電子カルテ、IT化が徹底している。旧式のオーダリングシステムのうちの病院とは大違いだなぁ。紙カルテはほとんど使ってない。完全に電子化するリスクはサーバダウン、災害時などにコンピュータ、サーバーそのものが壊滅状態になりうること…と私は思っているけど、そこを突っ込むと院長は「ここが壊れるほどの大災害なら、その時はこの地域に生きている人間がいませんよ。」と。

病床のシーツ交換は外部業者に委託するなどして看護師の業務を軽減。看護師の離職率が0に近いことも強調していました。整形に専任の医療事務を雇用し診断書などの書類仕事から医師を解放。厚労省もやっと医療クラークの活用に動き始めたけど、この病院では先駆けてやっていた。好感を持ったのは院内の業務分担、システム作りの基本に「専門職に無駄な労力を使わせない」というポリシーが感じられた点でした。

外来は、内科・整形外科をはじめ複数科で完全紹介制にしている。予約なしで受診するには、開業医からの紹介状が必要になる。ただし救急は絶対断らない。そこを院長は強調する。“たらい回し”なんて存在しない。だって断った患者が行くとこないし。

何度かお会いしたけど、相変わらずactive and agressiveな院長です。病院改革だけじゃなく地域全体のシステムから変えていこうとする姿勢を評価したい。実は一昨年の秋、うちの整形の外来改革をやったときにお手本に、参考にしたのがこの病院の整形外科でした。病院、医療圏の性格、規模はさまざま。たとえばうちの地域でそっくりその同じことができるか、と言えばムリだけど、今後自分のいる病院、地域に生かせる、持ち帰れるヒントがまだまだだくさんあるなぁと思った。

「病院は地域住民と地域行政が守るべきもの。病院だけが頑張りすぎれば、いずれ医師が倒れ、病院そのものが倒れてしまう。だからムリはしない、医師にムリはさせない。住民が行政が病院にムリを強いればその病院はなくなる。そうなってしまうなら、その後どうするかは医療を享受する地域が考えること。」ってな感じだったかな、院長のコトバ。ある意味、腹くくってる潔い発言で、そのとおりだと思う。

私も現場で戦っている。頑張れるうちは頑張る。頑張りたいと思えるうちは頑張る。守る価値があると思えるものは守る。でも自分の健康、生活、人生を犠牲にしてまで守ろうとは思わない。勝ち目がないと確信したら白旗ふります。私も生身の人間ですもん。

院内見学の後は職員向けに済生会栗橋病院の本田宏先生の講演のDVD再生(医療崩壊の、例のヤツ)、中原のり子先生の講演(医師の勤務環境の改善)。んで懇親会では地域の食材を使った料理とワイン♪医療制度研究会の人たちと院長、荘内の整形外科医も加わって、更に会話は盛り上がる。これからの医療は?次へのステップは?皆、前向きだ。崩壊してゆく医療への失望は感じさせない。こういう人たちが引っ張っていかなければ、と思う。

書き始めたら次々思い出して長くなりすぎてしまった。取りあえずこの辺で。懇親会がお開きになったあと、すっかり出来上がった私は荘内病院の医師仮眠室のベッドをひとつ貸してもらい爆睡。ん?「ホテルくらい予約しとけ!」というツッコミはナシでお願いしますm(_ _)m

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2008年3月18日 (火)

SNS vs ブログ

さあ日記を書いてみよう…と思ってキーボードに向かって立ち止まる。SNSの日記とブログの日記、何か勝手が違う気がする。何が違うんだろう…と考えてみた。

言ってしまえば、ブログってブロガーが情報を発信する場で、SNSってコミュニケーションツール?そう言えば一昨年の夏、mixi登録時、入会の目的は夏休みにMAUIにウィンドサーフィンに行くための情報収集でした。送り手、受け手、どちらに基本のスタンスを置くかってことかな?

ま、縛りも決まりもないワケですが…SNSでも情報発信の目的を主にしている人は多いし、私自身、最初はあちこちのコミュニティでROMって情報収集中心だったのがだんだん発言する発信する側にも回っていったし。そしてブログだって使い方はいろいろなはず。…なーんてゴチャゴチャ考えているのはきっと私がまだブログの使い方に慣れていなかったり戸惑ったり迷っていたりするからでしょうね(-_-;)

肩に力が入っちゃうとダメですねww 当面、日々の生活や出来事を取り止めなく垂れ流しつつ、今までのSNS内での自己発言をピックアップして整理していく、できるならコンテンツ的にまとめ更に発展させる。あの日記とかあのコメントとかあのトピとか。そんな感じでゆるゆる行きます。

さて今日は他県の病院に遊びに、もとい出張に行ってきます。いろんな人と再会できるのが楽しみ〜♪

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2008年3月15日 (土)

活動開始

Sns_2

こんにちは&はじめまして♪

mixiの医療コミュをメインフィールドにしてSNSで言いたいこと書き散らかしてました。そろそろ外海に出航してみようと、取りあえずブログを立ち上げてみました。医療の話題を多岐にわたり、そして趣味の海(ウィンドサーフィン)や音楽(素人バンド活動)の話を綴ろうと考えています。

ブログってどう使うんじゃ?まだ前も後ろも右も左もわかりません。だからすぐやめちゃうかもしれません。たまたま迷い込んだあなた、ぬるめに見守ってやってくださいましm(_ _)m

自己紹介代わり♪ 私の日常生活はこちらです。

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